【⭐️1】観月(かんげつ) 消された「第一容疑者」

観月(かんげつ) 消された「第一容疑者」麻生幾 作:文春文庫 2023/8/10(個人的評価:⭐️☆☆☆☆)


 大分県は杵築市(きつきし)に生まれ育ち観光協会に勤める波田野七海(はたの ななみ)は、ある晩、人気(ひとけ)の無い住宅地で見知らぬ男から性的暴行を加えられそうになる。

 間一髪、通りがかりに七海の危機を救ったのは、幼少の頃より世話になっているパン屋の主人・熊坂洋平(くまさか ようへい)と、別府中央警察署刑事課に勤める巡査長であり恋人の首藤涼(しゅとう りょう)だった。

 しかし翌日、別府公園で熊坂の妻・久美(くみ)の変死体が発見される。

 熊坂の事情聴取を行った首藤曰く、熊坂は昨夜は自宅におり、外出もしていなければ七海にも会っていないと主張しているというのだが──というお話。


 カバーに記されたあらすじから、かなり硬派でシリアスなミステリーものか──と思いきや、開幕早々20代(彼氏アリ)&30代(バツイチ)女性が揃いも揃って「イケメン揃いでヨダレが出る」だの「この3人のイケメンの中の誰とヤッたのか」「愛妻家で通っている親父が実はギャバ嬢と車でチチクリあってるらしい。何でもドブスらしいが若くて穴がありゃ誰でもいいのか(爆笑)」「彼氏が多忙でアッチがご無沙汰」だのと下品な会話三昧でいきなりうんざり。

 少なくとも、自分の周囲にこういう話題を積極的に口にする女性は一人もいませんが──世間一般ではこの年頃の女性って、こんなにも開けっ広げに下ネタ話をするものなんです?

 のみならず、七海の言動が本当に不可解で……結婚まで考えている彼氏(首藤)がいながら、職場の先輩に紹介された若者3人を前に「年下のイケメンいいなぁ」等と鼻の下を伸ばしたり、性的暴行を加えられそうになった挙げ句まだ犯人も捕まっていないというのに翌日、人通りのほとんど無い家の近所の草むらに独り出かけ晩酌したり(そも、3週間程前から誰かにつけられていると恐怖を感じていたにも拘わらず、ひとりでそんな人気の無い場所で晩酌しようと思うものか? と)、久美の死を知らされ興奮しながら母にまくしたてていたかと思いきや、台所から漂ってくる料理の匂いに「お腹空いた」と突然感情がリセットされ暢気なことを言い出したり等々──


 とにかく、感情の起伏が急転直下、言動にまったく筋が通っておらず「えっ何なのこの人恐い恐い」という異物感ばかりが募り、主人公であるはずの七海にまるで共感できないし好感も持てないという苦行。

 しかも、沸点がエグいほど低い上にそのポイントも謎過ぎて「えっ急にキレて何なのこの人?」と困惑することしきり。

 警察からの事情聴取で情報提供を求められた際も、自ら出頭に応じておきながら、自分の予測していた内容でないと気付くや「夕飯も食べてないし仕事も残ってるのに拘束されるなんて横暴だ」と騒ぎ立てる始末と、いや近しい人が殺害されてるんだから捜査協力くらいしたれよ……と呆れるばかり(帰宅後に愚痴ることには「自分のストーカー被害に関する聴取かと思いきや、殺人事件の容疑者について根掘り葉掘り聞かれた事が気にくわなかった。自分が性的暴行を加えられそうになった事はどうでもいいのか」との事で、そう説明されれば言い分にある程度納得はできたものの、でもだからってあんな態度取る必要あったか? 不満があるならキレ散らかすだけじゃなく、ちゃんとその場でそう伝えたらよかったじゃん、とモヤモヤ)

 他にも、相手が困惑する可能性を考慮せず仕事中の首藤へ衝動的に私的なメールを送った事を恥じ後悔している……と言いつつ、返信がこないことに不満を抱きイライラしたりと、まったく、相手への気遣いができるのか自分勝手わがまま自己中重度の構ってちゃんなのか、七海像がさっぱり定まらない(おおむね後者の印象ですけど)


 また、作者は相当に大分県杵築市推しなのか、地理の説明もやたら細かく(土地勘の無い人間に「どこそこの通りを右に曲がって」などと事細かに説明されたところで分かる訳もなし、逆に土地勘有る人なら懇切丁寧に道順を描写せずとも地名だけで伝わるのでは? 等と)読むのにかなりの労力と時間を有するし、地元の人間(登場人物)が郷土愛を語るならまだしも、東京パートにて、杵築とは縁もゆかりも無い東京の刑事が「杵築とは大分県杵築市の事ではないか?」と言及するに、わざわざ「美しい城下町の町並みが有名で、九州の小京都と呼ばれており、ノスタルジックな武家屋敷と美しい石畳の坂が素敵な場所で」云々と観光の宣伝文句さながらに詳細な説明を始めたのには思わず苦笑してしまった。


 そうでなくとも、場面によっては誰の台詞か分かりづらかったり、地の文でも、一文の中で同じ接続語を何度も用いた歯切れの悪い長文が多く、結果何を言いたいのか、内容が素直に頭に入ってこず何度も読み返さなければならないなど、常にストレスに晒され続ける。

 電話で会話するシーンにて、地の文首藤視点で話が進んでいる──かと思いきや、突然七海視点に切り替わった(首藤視点だと電話先の七海がどこでどんな風に電話応対しているか分からないはずなのに、突然「七海はどこそこの場所でどこそこを見つめながら会話していた」みたいな地の文が挿入される)のには大いに混乱させられた。地の文三人称だとしても違和感が凄まじい。

 上記理由から正直この作家さん、あまり文章上手じゃないなという印象を受けてしまいました。


 そんなこんなで、キャラ(特に主人公である七海)に好感を持てない(むしろ不快でしかない)のみならず、ストーリーも至極評価に困る内容。というか、まったく面白くない。思いついた端からエピソードや設定を継ぎ足し継ぎ足し、推敲せずそのままポーンと世に出したのかなという印象。

 キャラの言動に一貫性がなく掘り下げも浅く薄っぺらいし、時折取って付けたように「(七海が)学生時代いじめに遭っていた」「剣道部だったから腕力はある」みたいな細かな設定がぴょこぴょこ飛び出てくるのもその場凌ぎ感ましましで何だかなぁと。


⚠️以下、ネタバレ注意⚠️

 しかも、杵築と東京で起きた2つの事件がどう繋がるのか──と散々思わせ振りに書いておいて、突然、公安だの世界的テロ計画だのと話が一気に飛躍。それでいて、事件関係者は「自分の口からは何も言えない」「真相を語る資格が自分には無い」だの何だのと歯切れの悪い供述ばかりで一向に真相は明かされずイライラが募るばかり。

 七海も最後の最後まで行動が浅慮(あれだけ命を狙われている、危険だから絶対に独りになるなと言われていたのに、ほとんど面識の無い男と2人きりになるとか本当どんだけ思考回路停止してるんだ? と呆れ果てるばかり)だし、20年前に死んだと思われていた父とまさかの感動の再会──という結末を作者は描きたかったのだろうけど、その父にしたって、部下や彼等の妻を次々殺害され、自らも妻子共々命を狙われるほどの恨みを買うのも仕方ないような人道に外れた事やらかし、それを悔いるどころか復讐に燃える犯人を返り討ちにした(少なくとも身柄を拘束し警察に突き出す、ではなく意識不明の重体にまで追い込んでいる)時点で、何か……とても素直にこの親子の再会を喜べるような流れではなかったと思うのですが……。


 大体、部下らも仮にも元公安の精鋭(だろう)というのに、素人の民間人にあっさり殺される、なんてことあります……? 奥さんが狙われ(殺害され)た、というのなら(特殊な訓練を受けていない民間人だから的な意味合いで)まだ分からないでもないけど。


 他方、正木にしても「オニサマと恐れられる」「本庁にすらその名が知られる」と、さも類い希なる敏腕刑事であるかのように語られていながら、実際、そんな有能な人でしたっけ……? と首を傾げるばかり。

 七海の父が20年前に亡くなった事は既に知ってたはずなのに、七海の事情聴取で父の話題に触れ首藤に諫められてるし(最初は鎌を掛けるべくわざと話題に出したのかと思いましたが、特にそんな流れもなく)、何なら、首藤が事件の真相の手掛かりを得た際には「既に事件は決着したんだから蒸し返すな」等と真相を闇に葬ろうとさえしたし──前半は思わせ振りな言動をちらつかせながらも成果らしい成果は上げられず、後半は首藤の足を引っ張るばかりで、有能どころか展開を無駄に延滞させる役割を担わされただけな印象で、何だかなぁと。

 七海も正木も「こういう性格で考え方のキャラならこういう時こう動くはずだ」ではなく、「こういう展開にするためには誰それにこういう動きをしてもらわなければならない」と、作者が地に足の着いたキャラ造形より物語の展開を優先したあまり、言動にまるで一貫性がなく頓珍漢なキャラばかり、というちぐはぐな印象を受けたのかな、等と。


 とにもかくにも、収支突っ込みどころばかりで、何とか読み終えた後も「私は一体何を読まされていたのだ……」という虚無感に襲われるばかり。

 作者、結構な経歴の持ち主(事件記者だったり海上保安庁政策アドバイザーだったり)だそうなので、その部分で勝手に期待値を上げてしまってた面も否定はできませんが……でもなぁ。うーん。

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