【⭐️3】浜村渚の計算ノート 3と1/2さつめ ふえるま島の最終定理
【浜村渚の計算ノート 3と1/2さつめ ふえるま島の最終定理】青柳碧人 作:講談社文庫 2012/7/13(個人的評価:⭐️⭐️⭐️☆☆)
瀬戸内海に浮かぶ岡山県の小さな島・帆辻(ほつじ)島で突如爆発が起こった。
島を占拠している【黒い三角定規】の一団の仕業だと判明、特別捜査本部に所属する刑事・武藤龍之介(むとう りゅうのすけ)と大山(おおやま)あずさは数学大好き女子中学生・浜村渚(はまむら なぎさ)を伴い現地に向かうが、岡山県警捜査二課に所属する寺森昭伸(てらもり あきのぶ)警部補に案内されたのは、帆辻島ではなく増留間(ふえるま)島にある奇妙なホテル〈ホテル・ド・フェルマー〉だった。
困惑する武藤らに寺森は、ひと月前にこのホテルで発生したキャバクラ嬢転落死事件について再捜査してほしいと懇願するが──というお話。
『3と1/2さつめ』という奇妙なナンバリングの本巻ですけれども、シリーズ初の長編物かつ(ネタバレになるので直接的には記述できませんが)これまでとは少々毛色が違うというか、話の流れが本筋からやや外れているから、という理由がある模様。
確かに、これまでのお決まりパターンに沿わないストーリー展開や、今まで散々無能振りを晒してきた警察組が珍しく活躍していたりと、大分マンネリ感も増してきたこのタイミングで意表を突いてきた、といった印象でしょうか。
もっとも、じゃあ面白かったのか? というと、うーん……これまで短編でテンポ良く読めていたのが突然、丸々1冊使った長編物にシフトし長丁場になったこともあってか、やや中弛み感は否めないかなぁと。
そうでなくとも、殺人事件のトリックとホテルの随所に巡らされた数学的仕掛け、それらの解明が平行して行われるのでどっち付かずな印象だし、遺産やら何やらの話はもはや取って付けた感ましまし。
短編だったら特に違和感を覚えなかった犯人自供の潔さなんかも、長編だとあっさりし過ぎているように感じられ、やや肩透かし感も。
シリーズ4冊目ともなると、最早「面白いから」というより「先の展開を見届けるべく」惰性で読んでる感を抱き始めてしまい──現状、10冊以上刊行されてなお、まだシリーズ続いている……んですよ、ね……?
本シリーズ、ここらで切るか意地で読み続けるか……なんとも、判断に悩むところ。
⚠️以下、ネガティブな感想注意⚠️ ※ネタバレはありません
巻数を重ねる毎に作者の渚推しがあからさまになってきて、正直かなり胸焼け気味。
作者が自分の手に成るキャラに愛着を持つこと自体を悪しとは決して思わないし(自分も、曲がりなりにも趣味で一次創作をやっている身なので、我が子贔屓になるのはむしろ共感しかない)、キャラを、物語を展開させるためだけの便利な駒であるかの如くぞんざいに扱うよりは遙かに好感なのですけれども──それでも、作者が作品を通じ描写すべきは「そのキャラがどういう思考を有し、どのような価値観のもと、どう行動するのか」であって、「ウチの子こんなに可愛いんですよ~!」「皆から愛されるキャラなんですよ~!」等と直接的にプレゼンし、その価値観の共有を読者に強要することではないと思う。
渚が数学愛を語り犯人を説得させる度、「数学好きの浜村渚にかかれば皆ハッピーになる」みたいなお決まりの謳い文句を武藤が(語り部として)語るのも食傷ですが、本巻に於いては序盤からとにかく「(浜村渚という)こんなにも小さな女の子が(数学テロ組織と互角に渡り合っているなんて)」云々と、しきりに『小さい』を連呼するのも正直気分が良くなかった。
渚の可愛らしさ、を表現するひとつの要素として『小柄な体格』を重要視しているのだろうけど、基本的に視覚情報を持たない活字でキャラの造形(身体的特徴)を伝える手段としての説明ならともかく、体格イジりみたいなニュアンスが感じられるほどしつこく描写されると、流石に……自分の受け取り方が捻くれているのかなぁ、とも思いつつ、その裏側に『作者の押しつけがましい浜村渚愛』がありありと見て取れるから、なんとなく気持ち悪さ(というと、かなり失礼かもですが、他にしっくりくる表現が思い浮かばないのでご容赦)を感じ拒絶反応が出てしまうのかも。
それと、本巻の「(浜村渚は)冷たいものを食べると知覚過敏を起こす」の件を読み思い出したのですけど、確か前巻(3さつめ)にて、りんごシャーベット食す際に知覚過敏で「しょっ!」「しょーっ!」という謎の奇声を上げ悶絶していた一方、それより前の話だったかで、ファーストフード店で飲み終えたコーラのドリンクカップその蓋を外し中の氷ぼりぼり平然と噛み砕くシーンなかったでしたっけ……? 3さつめ図書館に返却しちゃって手元にないので確認できないのですが、もし自分の記憶に間違いがなければ、そういう設定の辻褄合わせくらいはキチンとして欲しいと思う件(無理矢理好意的に解釈するなら、氷ぼりぼりの後~シャーベットの前に知覚過敏発症した……とか?)。
加えて、飲食のシーンに関して言えば、わざわざ渚の食べ方の汚さをご丁寧に描写する意図もよく分からない。
パンやクッキー、パイなどを食すときは大抵テーブルや膝に食べクズをぼろぼろ落とす描写が挟まれるし、キャップをよく閉めなかったペットボトル飲料が鞄の中で漏れ出たり、溶けたアイスが手についてべたべたするのを気にし手を握ったり開いたりする等々──幼稚園児くらいの小さな子ならまだしも、中学2年生ともなれば食べクズを落とさないよう気を付ける/落ちた食べクズはきちんと片付けるだとか、べたつく手をハンカチで拭くなり手を洗うなりするとか、それくらいは当たり前にできてほしいと思うのだけど。
もちろん、キャラクター性を語るに、敢えてそう描写するケースも存在し得るだろうから、この表現自体を否定するものではありませんが……少なくとも、育ちが悪いわけでも躾がなってないわけでもないであろう浜村渚というキャラを語るに、わざわざ『食べ方が汚い』という要素を提示する必要があるのか、甚だ疑問なのでした。
……と、ここまでつらつらと愚痴を綴ってきて、ふと。
作者は、本シリーズの数学的内容をして「中学生向けにしては難解」とする意見に対し「子供は大人が思うよりずっと理解力がある(から、少々難解な内容でも問題ない)」というような見解を述べていたように記憶していますけれども。
作者が思う『渚の可愛らしさ』を演出しようとするあまり、巻を追う毎に渚の、やたら子供じみた(年齢の割に幼さを感じさせる)言動が『あざとさ』となって表出してきたことで、不快感を感じるようになったのかも? などと(※セシルは基本『あざとい』ものが大嫌い)。
特に本作では、武藤やパスカルの言動に作者の影(渚愛)がありありと見て取れたから余計に胸焼けが酷かったのだろうかと。
自分が本シリーズに抱えているもやもやは、「子供を子供扱いするのは失礼だ」と述べておきながら、誰あろうその作者自身が渚を子供扱いしているからなのだ、とようやく腑に落ちたように思います。
我が子(オリジナルキャラクター)を愛するからこそ、作者とキャラの間に適切な距離感が必要なのだ、と自戒も込め改めて。