【⭐️5】賢者の石、売ります
【賢者の石、売ります】朱野帰子 作:文藝春秋 2016/11/22(個人的評価:⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️)
小学生の頃、共に科学者を目指していた羽嶋賢児(はじま けんじ)と蓼科譲(たてしな じょう)。
だが、鉱物商である賢児の父は「科学者になるのは簡単なことではない、博士号をとるには莫大な学費もかかる。そんな金を払う価値が君にはあるのか」と息子を値踏みするように見つめ、かたや、研究者になりたいという譲にはひと目見ただけで「(研究者に)なってしまいそうな感じがある」と太鼓判を押す──自分に科学者としての素質がないことを思い知った賢児は、ならば自分は商人となり、金の力で科学を支えようと決意する。
あれから20年。
譲は地球惑星科学者の卵として研究者の道を着実に歩み、賢児は外資系調査会社から大手家電メーカーに転職したが──というお話。
似非科学憎し許すまじと相手の感情など一切合切無視し一方的に正論を振りかざしては周囲から疎まれる賢児に始まり、占いや胡散臭い広告に伝聞の明らか真偽不明な噂、見るからに怪しげな民間療法などもあっさり信じてしまうが故に賢児と衝突が絶えない姉・美空(みそら)、賢児の転職先で補佐を務める歯に衣着せぬ物言いの寺内梨花(てらうち りか)等々、登場人物は曲者だらけ。
なかば信奉しているといっても過言ではない賢児視点で描写されているからか、小学生の頃から成績優秀、聴衆を惹きつける巧みな話術と温和な人柄で人望も厚いと完全無欠のように語られる譲でさえ、研究者の道を本格的に歩み始めるに現実と理想のギャップを思い知らされ悩み苦しんでいたりと、誰もが順風満帆とはいかない人生をもがきながらも歩んでいる──
とりわけ、主人公である賢児がとてつもなく面倒くさいタイプ(ああ言えばこう言う、自分が正しいと思ったら決して曲げない、自分の正論を周囲に押し付ける等々)なので、読み始めて早々うんざりさせられるはめに。このあたりで読者がふるいに掛けられてる感が無きにしも……?
もっとも、自分が正しいと思ったことは周囲に何と言われようとも曲げない、自分に非がないと判断すれば決して頭を下げない、正論を口にすることを悪しとは思わない、自分が納得できないことなら上司にも憚らず楯突く──という気質は、賢児ほど苛烈ではない(……と、思いたい😂)にしても自分にも思い当たる節がありまくるので、賢児を通じ、己の汚点をまざまざと見せつけられているようで、いやはや何とも😅
ともあれ、まずはそんな賢児の視点から彼の小学生時代が語られ、その中で姉・美空は無知の未開人(※賢児が科学に疎い人らを指して用いる蔑称)として描写される。当時中学生だった美空は彼氏から肉体関係を迫られ、「安全日なら大丈夫だから」という相手の言葉を真に受け避妊せず性行為に及ぼうとするなど、かなり浅慮で危なっかしい人物。
しかし、読み進めていき視点が美空にシフトすると、どうも彼女もそんな浅はかなだけの人物ではないらしいぞ、と読者は気づき始める。
何故、その人物がそのような思考を有しそのような言動をとるのか、当事者間に一体何があったのか、に関してのアンサーが後半にならないと明かされてこないので、前半は癖強人物らに「なんだこいつら」と振り回される一方になりがちなのですけど──それでも、我慢して読み進めると、あの、とてつもなく面倒くさい賢児の言動でさえ、「なるほど、そういう事情があったのか……」と納得できてしまう人物の掘り下げ方は実に美事としか。
それでもまあ、賢児みたいな人物がリアルに身近にいたら、まず関わりたくないですけれども()。それを思うと、梨花も、賢児の元カノ・紗綾(さあや)も、かなりの人格者だなぁと。
そんな訳で、この作家さんの作品はこれで3冊目ですが、『いち人間』を描かれるに本当に巧みな方だなと感心しきり。
自分は作品の評価に於いて、
『登場人物の言動が終始ぶれない』(※ある出来事を切っ掛けに、キャラの価値観が変遷したり成長したり等に伴う変化を除く)
という(物語を展開させるべく意味不明な・不自然な行動を起こすのではなく、個々のキャラに確固たる個性と意志があり、きちんと地に足が付いている)点に特に重きを置くので、この作家さんとは相性良さげかなと思いつつ、今後も作品を追いかけていきたい所存……!
◆ ◆ ◆
尚、2019年に刊行された文庫版は【科学オタがマイナスイオンの部署に異動しました】(文春文庫)に改題されている模様。
本巻(原題?)の『賢者の石、売ります』というタイトルもまあまあ違和感が拭えない(タイトルからファンタジー風味のほんわかした内容かと思いきや、現代日本を舞台にしたリアルでシビアな話だし、そもタイトル自体本編の内容を表しているようで絶妙に掠ってない感 ※個人の感想です)と感じましたが、改題後は爽やかなカバー絵も相まってラノベ感ましまし。改題後の方が本書の内容を分かりやすく表している、とは思いますけども。
キャッチーなタイトルでまずは本書をより多くの人に手に取ってもらわなければ話にならない──という戦略かなとは思うのですけど、今までそこそこの冊数小説を読んできて、ここまでタイトルと内容とにズレというか違和感を感じた作品もあまり無かったので、うむむむむ。
確かに、広く読者層の興味を引くようなインパクトあるタイトルかもしれませんが……個人的には、この改題は本作の内容を誤解させる悪手な気もしなくもがな(本作者初読作品【超聴覚者 七川小春 真実への潜入(原題『真実への盗聴』)】の改題もどうなんだと感じましたけど、正に同様のもやもや感)。
⚠️以下、ネタバレ注意⚠️
文脈が前後ちぐはぐになりましたけど、これだけは語っておきたかった。
美空姉さん、本当に良いキャラだったと……!!
勉強が大の苦手で、口論では賢児にはまず勝てないからと、姉弟喧嘩の際は真っ先に手が出る(暴力に訴える)ようなアグレッシブな人物ですけど、でも、妊娠~出産~子育てに際し、正しい知識がない上に信じやすい性格から、妊友から聞かされる根拠のない噂話や助産師の古い価値観(母乳神話など)に振り回され、いよいよ母子ともに追いつめられた際に「自分馬鹿だけどガッツだけはあるから、この子は何があっても自分が守り抜く」と強い決意を秘めるシーンに胸を打たれ、涙が止まらなくなった。
美空に関しては本編中、妊娠以後の場面描写がほとんどを占めますが、でも羽嶋家の父が壮絶なる闘病生活ののち他界した後は、高校卒業後すぐに働きだし家計と賢児の学費を支えていたのですよね……(勿論、賢児も学業の傍らバイトで働き詰めだったのですけど)。何だかんだ、羽嶋家で最も胆力のある人物。
……というか、賢児も美空も、そういう気質の人間としての描写が極端過ぎるんですよね多分😅
フィクションとしては、これくらいコントラストのはっきりしたキャラの方が分かりやすい、というのもあるのでしょうけど──先に読了した2作(【超聴覚者 七川小春 真実への潜入】【真壁家の財産】)の登場人物はここまでぶっ飛んでなかったと思うので、そういう意味では、新鮮な作品だったかなと思ったり。