【⭐️3】磁極反転の日

磁極反転の日伊与原新 作:新潮文庫 2017/4/1(個人的評価:⭐️⭐️⭐️☆☆)


 地磁気の急激な減衰により、通信障害を引き起こす大規模な地磁気嵐が発生、交通網は麻痺し、東京上空には真紅のオーロラが出現した。

 例年にない寒冷化と地表に降り注ぐ宇宙線に不安が広がる中、フリーライター・浅田柊(あさだ しゅう)の元に『相次ぐ妊婦の失踪』という不穏な噂がもたらされる。

 七十八万年ぶりに訪れるという磁極反転の日を目前に人類が翻弄される中、柊が取材の末に辿り着いた真実とは──というお話。


 本文冒頭から〈宇宙天気予報〉と称し、いきなり耳慣れない専門用語の羅列が現れる。

 ここで「専門的知識がないと理解できない話なのか?」と一瞬身構えましたが、主人公の柊や、彼女同様、物語を牽引していく環境省職員・水島洋基(みずしま ひろき)がこの分野に詳しくないという設定から、登場する専門家や教授らが分かり易く噛み砕いて説明してくれるため、思ったほど理解に苦労することはありませんでした。主人公の設定に絡め、作中、説明的になり過ぎ無いように、専門的分野をすべて地の文で説明するのではなく、登場人物らの言葉を借りて解説する、というスタイルをとっていることも個人的には好感。

 また、自分が読んでいる時には察せませんでしたけど、読了後、他の方の感想を拝読すると「2017年にコロナパンデミックを連想させる展開を描写している」ことをして作者の勘の鋭さというか先見の明に言及されるレビューも散見され、なるほどなと。

 確かに本作、『パニックSF』と称してはいますが、個人的にはパニック小説というより〈観察者バイアス〉に代表される、個々のリテラシーを問う社会派な内容という印象を受けました。


 他方、〈磁極反転(地球のN極とS極が反転する現象)〉という、およそ人智の及ばぬ壮大な設定を持ち出し、いくらでも絶望的なパニック小説たり得ただろうに、作中起こる出来事が概ね小粒というか、「この後、絶望的な展開が待ち受けているのでは!?」と思わせておいて何てことはない、特に何をするでもなくあっさり解決しましたー、というような展開ばかりで終始肩透かし感が否めない。

 同様に、登場人物らの言動も腑に落ちない部分が多く(ネタバレにつき後述)、物語の土台や乾(いぬい)のキャラなど魅力的になりそうな要素は沢山あったはずなのに、ちゃんと素材を生かしきれなかった感が何とも。



⚠️以下、ネタバレ注意⚠️


 特に肩透かし感が酷かったというか、万事あっさり解決してしまったなと感じたのが、柊の甥・樹(いつき)関連。


 野良猫に引っかかれ感染症を発症→「地磁気変動により変異した巨大ネズミの媒介する致死率5割の新型感染症に罹ったのでは!?」→実際には犬猫から感染する「バルトネラ菌」による珍しくはない感染症だったため、抗生物質の投与で快癒。

 かと思えば、柊の姉で樹の母である楓(かえで)が地磁気ノイローゼから北海道への移住を決意、そこで「都会の人や大人は馬鹿だ」という周囲からの洗脳を受け、かつての友達や周囲の人間を見下すような発言をし始める→異変を感じた楓が東京に戻ることを決意→東京に戻ってきたらいつの間にか選民思想的発言が見られなくなり、かつての友達とも何事も無かったかのように元気に遊んでいる、といつの間にか元の鞘に丸く収まっていたり。


 姉の楓も、それまで子育て家事もおろそかにするほど世に溢れる地磁気関連の情報に振り回され、周囲の言葉にもまったく耳を貸さなかったというのに、いざ自分の意志で北海道へ移住しカルト的コミュニティに属した途端、自力で洗脳を解きあっさり東京に戻ってきたりする。


 極め付けは、78万年ぶりの磁極反転に際し、無磁場フェーズがどれほどの期間続くのかという話。

 過去のデータを遡れば万年続くのが当たり前、今回の件も楽観すれば1年程度、長く見積もれば10〜100年は続くだろうという話だったのが、実際にはわずか10日間で終了するという超展開で唖然。流石にこれは作者のご都合的展開に過ぎ無いかと、すっかり鼻白んでしまい──


 登場人物らの言動も腑に落ちない。

 先の樹や楓もそうですけど、柊に『妊婦失踪』の報をもたらし怯えていたはずの曽根あかりも、結局は自らの意志で実験に参加、結果帰らぬ人になったというのが、何だかなぁと。


 クライマックスでも、施設から逃げ出してきた妊婦を案内のため施設に同行させ、「あなたの事は全力で護ります」と言いながら施設内に放置したり、あまつさえ、施設のスタッフに見付かった際も逃げるでもなく、それどころか黒幕が屋上のヘリポートに現れたと思うや自ら足を運び対面、正面切って真実を公にしてやると宣戦布告する謎行動。

 黒幕も黒幕で、柊を口封じするとかいくらでもできたでしょうに、少し議論を交わしただけで穏便に撤退するという脅威の盛り上がらなさ。


 ある意味、現実的な展開だと言えばそうなのでしょうが(現代日本で口封じのために関係者を抹殺する、とか実際はかなり無理のある話でしょうし)物語としての牽引力はどうしても弱い。


 専門的科学的見地からの描写や、正誤入り乱れる情報が溢れる現代社会における警鐘など、そういう点では学ぶべき点も多く読む意義のある作品だとは思いますが、シンプルにエンタテインメント作品として読むにはお薦めしにくい1冊かなと感じました。

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