【⭐️3】K・Nの悲劇

K・Nの悲劇高野和明 作:講談社文庫 2006/2/16(個人的評価:⭐️⭐️⭐️☆☆)


 フリーライターの夏樹修平(なつき しゅうへい)は著書『快適暮らし学』の成功で多額の印税を手に入れた。

 それを元手にぼろアパートから高層マンションへ引っ越し、勢い、妻・果波(かなみ)と避妊せず情交、子を授かる。

 しかし『快適暮らし学』のブームは一過性のもので増版は見込めず、多額の印税もマンション購入の頭金と引っ越し費用に消えてしまい、残されたのは月々14万円のローンのみ。しかも自分は収入不安定なフリーの身であり、契約社員の妻が妊娠・出産を機に失職すれば、いよいよ自分たちの生活すらままならなくなってしまう──

 経済状況を鑑み「子どもはとても育てられない」と堕胎を願う修平に、果波はショックを受けつつも反対することなく黙って受け入れた。

 だが人工妊娠中絶手術直前、果波が異変を来たし手術は中止。

 大学病院で検査を行うも身体的異常は認められず、医師は修平にひとりの精神科医を紹介するのだった──というお話。


 オカルトホラーの様相を呈してはいるものの、根幹にあるのは無責任な性行為による予期せぬ妊娠と安易な中絶行為に対する警鐘や、嫁姑問題、不妊治療の現状などといった社会派な内容。

 果波に別人が憑依したかのような兆候が見られ、それに翻弄される修平と精神科医・磯貝の奮闘が描かれている訳ですけれども、ま~あ修平がクズ過ぎて、女性読者にはかなり胸糞な話なのではないかと🤢


 ただ、これが女性作家の手によるものであったなら、あるいは「女尊男卑」「修平(男性)の描き方に悪意がある」等と曲解される危険性もあったのでは……と思うと、本作を男性作家が手掛けた事の意義は非常に大きいように感じました。

 それに、じゃあ果波は全くの被害者だったのかと言えばそうとも言えず、避妊せず情交を迫る修平を殆ど抵抗する事なく受け入れ快楽に溺れてゆく様や、いざ妊娠し堕胎を迫られると(恐らく本心では子を産み育てたいと思っているにも関わらず)特に抗議する事も話し合う事もせず承諾するなど、意志の無さ、周囲に流されるがままなフラフラした立ち位置も大概かなと。


 あと、2人の情交シーンその描写があまりに詳細過ぎ、表紙カバーイラスト(女性の裸体絵)も相まって「あれ、これひょっとして官能小説……?」と狼狽えてしまったのですが、この点に関しても賛否両論ありそうですね。本作のテーマを思うと、ここまで情交シーンを事細かに生々しく描写する必要はなかったのでは? と個人的には。

 うーん、何だろうな……そこから中絶という問題提起をするにあたり「短絡的に快楽を求め命を授かるという事を軽んじるとこうなるよ」という警鐘に繋げるにしても、問題の情交シーンが『果波視点で』描かれている事にどうしても違和感が拭えないというか。

 修平視点で、彼が自己中心的な快楽を求め果波の心体を省みず情交に及んだ、という描写であれば、その後の壮絶な体験の数々も「修平の自業自得じゃないか」となり、言わば修平を反面教師に仕立てることができる訳ですけど、果波視点で、果波がひたすらに快楽に溺れてゆく様子が描写されているので、何かこのあたり噛み合って無い感じがするんですよね……それに、子作りの予定がある訳でもなく避妊せず情交に及ぶ相手を、例え旦那だからと言っても受け入れ、受胎する可能性を鑑みながらも情交に耽ることができるものなのか──自分にはそういう経験が無いので分かりませんが、この果波の心理も到底理解し難いものが。


 とまあ、ぶっちゃけ夏樹夫妻は結局どっちもロクでもないな、という印象に帰結する訳ですけれども、片や、果波を診る事になる精神科医・磯貝は非常に理性的・知的なキャラでとても好感。修平と同じ男性でありながら修平の不誠実振りをきちんと指摘し、読者の溜飲を下げてくれる貴重な存在であったと思います。

 そんな磯貝の話の中で個人的に大変興味深かったのは、男女の、妊娠・出産に対する意識の差。

 嫁姑問題から来るストレスによる不妊に悩む鬱病の主婦を看るに際し、「男の自分にも子供を持ちたいという欲求はあるが、それが叶えられないからといって抑鬱状態を引き起こすような強い願望ではない。不妊に悩む女性に対する時、病理学的な理解はできても心情的な共感を覚えるのは困難だ」と悩む件などは、確かに男性が不妊に悩んで精神を病む、という話はあまり聞いた事がないかなぁと気付かされたり(勿論、全く無い訳ではないでしょうが)

 他にも、受胎という現象が解明されていない(母胎に宿った胎児という異物に対し免疫システムが作動しないのは、現代の免疫学からは起こり得ない極めて異常な現象だそう)だとか、法律上妊娠21週以内の胎児は人間ではないとされるため中絶は殺人にはならないが、もし死亡者数に数えられるなら、日本人の死因第1位は人工中絶になるだろうという衝撃的な話など、非常に勉強になりました。


⚠️以下、ネタバレ注意⚠️

 序盤、取材でペットの殺処分に憤っていたくせに、自分に子が出来たと分かるや「子どもを育てるとなると折角購入したマンションを処分しないといけなくなるから中絶してくれ」と言ってのけたり、自身が追い込まれてゆく中で「果波だって避妊してくれとは言わなかったじゃないか」と責任転嫁したり。

 そも、果波は「夫婦喧嘩もしたことがない」と修平に心酔している様子でしたけど、でも修平は果波と付き合う前は複数の女性と関係を持っていた、元々女性に対しとても不誠実な人物だったんですね。にも関わらず「自分はもう果波以外の女性は愛せないだろう」「(中絶を前に憔悴している)果波を自分が守ってあげなければ」等と、一体どの口がと呆れ果てるばかり😩


 一方で、精神科医・磯貝は非常に誠実な人物として描かれており、修平が「心霊現象では」と訝る果波の精神障害(?)に関しても努めて理性的に、医学的見地から診断を下し対処しようとしてくれますし、その結果、果波も無事に出産できた訳だし。

 クライマックスの、駅構内での出産シーンは本当にぐっと来ましたとも……!

 ただまあ、磯貝には申し訳ないですが、多分、作者的には心霊現象として描いてるんですよね、果波の憑依現象😅 子どもの名前も分かり易すぎる伏線で「ですよねー」ってなっちゃったけど、結局、久美の影響は今後も続くのかどうか──


 ともあれ、同作者の某作品が悲劇的な結末を迎えただけに、こちらはちょっとハッピーエンドに過ぎるくらい丸く収まり切ってしまって、それもちょっとどうなのかなという気も😓 修平にはもっと何らかのペナルティがあって良かった気はしますかね。

このブログの人気の投稿

映画【8番出口】(⭐️4)

【⭐️2】吸血鬼と精神分析(※読了ならず)

【⭐️5】乱歩賞作家の創作術 エンタメ小説の書き方 初心者ガイド