【⭐️2】太陽の石
【太陽の石】乾石智子 作:創元推理文庫 2015/8/12(個人的評価:⭐️⭐️☆☆☆)
かつては栄華を誇るも今や衰退の一途を辿るコンスル帝国、その最北西にある霧岬の村に住む孤児(みなしご)デイスは、ある日ゴルツ山で〈太陽の石(オルヴァン)〉があしらわれた肩留めを拾う。
ひと目で自分のものだと直感したデイスは村に持ち帰るが、時をほぼ同じくして、三百年前ゴルツ山を作ったと伝説に語られる魔道師リンターが村に現れる。
村の者は半信半疑だったが、土地が痩せ作物もろくに育たず貧困に喘ぐこの村の井戸に枯れることのない地下水脈を通す代わり、三百年前の戦(いくさ)のけりをつけるべく、デイスと彼の幼馴染みビュリアンの身をもらい受けると言いだした。
脅迫とも受けとれるリンターの提案に驚愕し戸惑いつつも、一方で、閉塞的で将来の見通せない村での生活に漠然とした不安を抱いていた二人は、内心歓喜しリンターに同行することを決める。この事態に自分も同行すると言いだした義姉ネアリイも加え、4人は村を後にしたのだった──というお話。
軽く400頁を越えていた前々作・前作とは一転、本編300頁にも満たない本作ですが、じゃあコンパクトに纏まりさくさくテンポ良く読めたのか? と言うと……う、ううん……? 何とも。
前作【魔道師の月】でも感じたことですけれども、どうもこの作者は寄り道が多いというか、「このエピソード必要ある?」と蛇足的に感じてしまう流れが散見され、度々集中力が削がれ(読む気が失せ)何度も本を閉じ読書を中断してしまった。
加えて、これも前作で「うん?」と違和感を覚えたところなのですが、キャラに軸がないというか、何か印象が薄いんですよね。
例えば前々作【夜の写本師】に登場したある人物──これは本作には登場しませんが、前作【魔道師の月】で登場した際、あまりに性格的印象が違いすぎて、本当に同一人物なのかと戸惑ったほど(【夜の写本師】では年齢の割に落ち着きがあり博識で聡明、という印象で描かれていたのが、その後日談である【魔道師の月】では、感情にまかせ癇癪を起こしてはトラブルを呼び込むという別人のようなキャラとして描写されていた)。
本作に於いても、主人公であるはずのデイスがどうも印象薄く掴み所も無いキャラというか。詳細はネタバレなので後述しますけれども。
上記のように、蛇足に感じられる枝葉の多いストーリーテリングに印象の薄いキャラ造形も相まって、作品全体が、芯が抜かれたようにふにゃふにゃと手応えのないものに感じられ──本シリーズ、1作目【夜の写本師】をピークに右肩下がり、という印象がどうも拭えません。
⚠️以下、ネタバレ注意⚠️
まず、リンターの復讐の旅に同行させられることになったビュリアンと無理矢理ついてきたネアリイ、この2人の存在感が終始本当に薄い。
デイスと軽口(憎まれ口?)を叩き合う仲であったビュリアンも後半、そのポジションをすっかりイリアに奪われ一層存在感が無くなってしまい──それでも一応、最後の最後に大仕事を任されはした訳ですけど、片やネアリイに関しては旅の間中これといって目立つ立ち回りもなく、ようやくスポットが当たったかと思ったらデイサンダーの心を完膚なきまでに叩き潰す為だけに人質にされあっさり殺されるという、まるで舞台装置のごと扱いに閉口。
冒頭から散々、デイスとの強い繋がりをちらつかされていたので「ネアリイはミルディもしくはカサンドラの生まれ変わりなのでは?」と予測するも、まったく関係もなく──ナハティ戦で、肩留めに付着したネアリイの血の意志がデイサンダーとイリアを護った、というのも、これまで見せ場の無かったネアリイを何とか引き立たせようと取って付けた感が凄まじい。
別段「散りばめた伏線は余さず回収せよ」とは言わない(むしろ、全ての伏線が綺麗に回収されたら、それはそれで嘘くさくなる)し、伏線投げっぱで読者の想像力に委ねる方法も嫌いじゃない。
でも、何かあると思わせておいて、想像あるいは考察の余地も与えず「そっちが勝手に伏線と思い込んでいただけで別に何もありませんよ」としてしまうのは流石に違うんじゃないかと。
リンターにしても、何だかなと。
自分に残された時間が少ないことを自覚していながら、冬の間は廃墟に立て籠もりひとつの集落さえ作ってしまったり、そんな悠長なことしてる暇あるんですかね……? と訝しんだ矢先、まさかのナハティと相まみえる前に絶命。デイサンダーとイリアに「復讐はもういい、好きに生きろ」と言いつつ、自分の力と共にナハティを憎む闇をも2人に継承させ復讐の意志に縛り付けるとか、やってることの筋がまったく通ってないよう、な……?
そも、ナハティが闇落ちする直接的な原因は前作【魔道師の月】に登場した〈太古の闇〉が溶け込んだイザーカトの血ゆえ、とはいえ、きょうだい間の憎しみだけで国ひとつ滅びに追い込んだり山を抉ったり隆起させたりの大喧嘩なんてするものなんですか、ね……?
デイスが「魔道師の頃の自分(デイサンダー)なら(無理矢理旅に同行してきた)ネアリイを見放していただろう」と述懐する件も、何とも違和感が凄まじい。
デイサンダー時代、どんだけ悪逆非道を行っていたのかと思いきや、せいぜい、幼い子供が親や兄姉の言うことを聞かず悪戯に精を出したり我が儘を言うという、これくらいの年頃の子供なら当たり前と思える言動ばかり。
それどころか、ミルディを殺害したザナザに裁きを下そうと息巻くきょうだい達の中でただ一人、私刑に異を唱えたことから、むしろデイサンダーはイザーカトきょうだいの中でもかなり慈悲深い人物であったようにすら思えるのですけど──ナハティを闇に追いやった原因に子供時代のデイサンザーその子供らしい身勝手さを結び付けるのは、はなはだこじつけでしかないように感じられました。
先述の主人公デイスの曖昧さというか覚束なさというかは、こういう言動と結果の不一致さも去ることながら、ネアリイに拾われ育てられた『デイス』と、300年前ナハティに殺されかけるも何とか生きながらえた『デイサンダー』2つの人格(?)が混在しているから、というのもあるのでしょうか。
元より、デイス自身にこれといった性格的特徴がある訳でもない上に、別の人格(記憶)が混在してしまうことで余計、個としての意識・存在感が希薄になってしまったというか。
思えば、前作【魔道師の月】でもレイサンダーとキアルスのW主人公──と思わせておいて実質、テイバドールが主人公なんじゃね? みたいな内容でしたが、本作もまさにそんな印象というか。
この作者さん、歴史設定や魔法体系の構築にはもの凄くこだわり細かく作り上げるも、人物(キャラ)の掘り下げは存外甘いのかな、という感じがしなくもがな……?
──そうそう、テイバドールと言えば本作、前作から800年以上経過しているはずなのに、何故か前作の更に過去へと遡るテイバドールの時代に登場した『夏の村』や『冬の砦』をリンターやビュリアンが作ったと思われる記述があり、一体時系列どうなってんだろう……? とふと。
作品を跨いで時間軸が前後する、どころか同じ作品の中でさえ過去現在を行ったり来たりするので、ややこしい事この上なし……!