【⭐️5】獣の奏者 Ⅰ闘蛇編/Ⅱ王獣編
【獣の奏者 Ⅰ闘蛇編/Ⅱ王獣編】上橋菜穂子 作:講談社文庫 2009/8/12(個人的評価:⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️)
大公(アルハン)が率いる闘蛇(とうだ)軍、その闘蛇を管理する闘蛇衆たちの村で、エリンは、闘蛇の中でも最強と謳われる〈牙〉の世話を任されている獣ノ医術師の母・ソヨンと二人、慎ましくも幸せに暮らしていた。
だがある日、その〈牙〉が原因不明の症状に見舞われ一夜にして全滅、ソヨンはその責を問われ極刑に処されることとなる。
母を救うべく、単身、処刑場に忍び込んだエリンだったが、その願い叶わず、ソヨンは自らの命と引き換えにエリンを死地から逃したのだった。
大公領から遠く離れた真王(ヨジェ)領の東端に流れ着いたエリンは、蜂飼いのジョウンに救われ九死に一生を得る。
ジョウンとの生活の中で生き物の不思議に心奪われたエリンは、やがて、母と同じ獣ノ医術師を志すようになるのだが──というお話。
先に読破し書評をあげた【鹿の王1】もそうなのですけど、続き物は1巻読了時点で書評を挙げてよいものか、というのが大変に悩みどころでして。
(実際、【鹿の王2】読了段階で新たに書評をあげようとして、ふと、「あらすじ書いた時点で1巻のネタバレになるじゃないの」と気付いてしまい、現在頭を抱えている由。恐らく全巻読み終えたあと、まとめて書評をあげることになるかと)
本作も全4巻のようですが──ただ、作者は元々この2冊で本作を完結させるつもりだったそうで、実際読んでみても確かにこの2冊で話が綺麗に(?)終わっていたと感じたため、ひとまずこの2巻を読み終えた段階で書評をあげようかと判断した次第です。
それにしましても、この作者の紡ぐ緻密で濃密な世界観や、そこに生きる人々の温かな息吹など、ちょっと頭ひとつ抜きん出ているどころではないほど圧倒的な筆力にはただただ感嘆するばかり。
元々活字が大の苦手だったのが、コロナ禍で仕事が激減したことを機に読書するようになったので、まだ偉そうに語れるほどの読書歴も読書量もないのですけれども──それでも、何といいますか、読んでいるとその作者の頭の良さや品格、みたいなものが自然と文章間から感じ取れるように思えるんですよね。
一応、拙いながら自らも小説らしきものを書くことのある人間のひとりとして、余計に痛感するところでもあるといいますか。端的に言ってしまえば、頭が良くなく(勉強が苦手で)知識もない自分には、どう逆立ちしても聡明で知的なキャラは決して生み出し得ない、というような。
その点、この作者は本当に聡明で、かつ穏やかで温かい眼差しをお持ちの方なのだろうなぁと(本作に限らず、どの作品を読んでも)ひしひし感じる訳です。
例えば、エリンの聡さは単に知識を詰めこんだだけでは成立し得ない、柔軟で自由な発想力と固定観念に縛られない視野が必要なものだし、その他のキャラも、所謂『勉強ができる/できない』という点だけでは計れない、それぞれの視点と信念と聡明さを備えている(ユーヤン、めっちゃいいこだよね……!)。
こんなキャラを自然に描写するためには、作者自身が聡明で広い視野をもっていないとまず無理だろうと。
また、本作のソヨンとエリン、ジョウンとエリン、あるいはエサルとエリンといった親子(的)な関係性その母性父性も、凄く温かで揺るぎないというか。
エリン自体は初っ端から人生ハードモードどころではない凄絶な人生を歩むことになる訳ですが、そんな彼女を支えることになる人々との奇跡的に良縁に恵まれる展開は、作者の温かい眼差しによるものなのかなという気が。
端的に言ってしまえば、ひたすらにエリンを報われない境遇に陥れ、お涙頂戴展開に徹することだってできる訳で──
だけど、彼女の周りには常に深い知性と洞察力をもって彼女に道を示す存在が現れる。自分なら大抵の場合、こういう展開は「都合が良すぎやしないか」と思ってしまう(こと、エリンは差別の対象ともいえる〈霧の民(アーリョ)〉の血を半分ひく〈魔の差した子(アクン・メ・チャイ)〉として実の祖父母からも疎まれていたというのに、その後出会うジョウンもエサルもユーヤンら学生らも、基本的にはエリンに親身で友好的である)ところを、そう感じさせない本作の力は本当に凄いなとしみじみ。
先だって書評をあげた【乱歩賞作家の創作術】にて語られたことには、著者が海外留学中に他国の方々と映画評を交わした際、『大切な人の死』などといったお涙頂戴展開を作品に積極的に取り入れるのは、日本くらいのものだそうで。
いわく「なぜ、わざわざお金を払ってまで悲しい思いをしなければならないのか」であったり、「そもそも大切な人が死んで悲しむのは当然のことなのに、その当然のことを当然のように描写し鑑賞者の涙を誘おうなどとは余りに安直だ」という見解だったりだそうで、なるほどなと感じたものです。
かくいう自分も、とりあえず主人公に近しい人を悲劇に巻き込んだり、予期せぬ人物をショッキングに退場させときゃ読者/鑑賞者を驚かせることができるだろう、ほらお前(読者/鑑賞者)らの大好きな悲劇的展開だぞ泣けよ、みたく制作側の安易さや傲慢さが透けて見える作品(展開)には白けてしまうから、こう明確に言語化されては、もう共感しかない。
でも一方では、悲劇に次ぐ悲劇を重ねた、所謂『典型的なお涙頂戴』展開であっても、本作のように登場人物ひとりひとりの心情や生き様を丁寧に掘り下げ描写し、見る者に生々しい共感を与える作品であれば、きちんと名作たり得るのだと唸らされた次第です。
……とはいえ、エリンに降りかかる試練の数々はやはり辛いものが。
内5割くらいは自業自得だと思うし、エリン自身完全無欠の聖人という訳でもないので、来るべくして来た試練、という印象ではあるのですけど──それでも、大抵の場合は救いのある展開でリカバリーがなされる作品が多いと感じる中、そういった(読者に「ひょっとしたら事態が好転するのではないか」と思わせるような)局面において容赦の無い展開が殆どの本作には、『一度失ったものは二度と戻らない』という教訓も込められているのかなと感じたりしたのでした。
内容は(人死になど)かなり凄惨な部分もあるけど、大人だけでなく子供にも読んでほしい(読ませたい)と思わせる、沢山の学びと気付きに溢れた1作。