【⭐️5】鹿の王(全4巻)
【鹿の王(全4巻)】上橋菜穂子 作:角川文庫 2001/8/25(個人的評価:⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️)
先般、1巻を読み終えた時点で書評をあげたのですけど、2巻を読み終え、さあ書評を──とあらすじに着手しようとした段階で、いや待て、あらすじ=前巻のネタバレになるじゃないのと気付き、さてどうしたものかと迷った末、一端、全巻読み終えるまで書評を保留にしておりました。
元より活字を集中して読み込むことが苦手な性分もあり、何冊にもわたる長編もの、となるとただでさえ手が出しにくいというのに、複雑で奥行きある異世界を舞台にした架空の設定、ファンタジーものでありながら医療ミステリー、国が複数登場すれば登場人物(国民や氏族など)も多いと、ますますもって極力間を空けず全巻一気に読み通さなければ内容を鮮明に覚えている内に物語を見届けることも難しいのでは──という危惧もありましたが、いざ読み始めると、そんなことは全く気にもならないほど、本作の世界にのめり込んでおりました。
先に読了した【獣の奏者】は、主人公が(物語開始時点で)年端もいかぬ少女であったことから、若さ故の無謀さ・浅慮さにやきもきさせられることもしばしばありましたけど、本作の主人公・ヴァンは様々な経験を経てきた40代の男性、しかも冷静かつ知性があり頭も回るという、これといって目に見える欠点のない人物で、そういう点では彼の言動は終始危なげがなく、とても安心して読めたかなと。
一方、そんなヴァンと奇妙な縁で結ばれ共に行動することになる幼子・ユナは本当に子供らしく無邪気で奔放、我が儘も言うし生意気なところもあって、でも愛敬があり憎めない、という絶妙なキャラ造形に思わず唸りました。
私見ですが、子供の愛らしさを表現しようとするあまりの過剰な演出が裏目に出て「かわいさ」が「あざとさ」側に傾き胸焼けを催してしまう、というケースを目の当たりにするにつけ、この辺りのさじ加減は本当に難しいのだなと常々感じていたので、作者の描写力は本当にお見事だなと。
例えば、もの凄く細かなことを言うと、ユナが作中、怪我で出血した人を目にし「血ぃがでてる!」と口にするシーンがあるのですけど、そうなんですよね、子供って「血が出てる」じゃなく「血『ぃ』が出てる」って発音するんですよね。
そういう、本当に細かいところまで隅々神経の行き届いたリアリティが本作に圧倒的存在感と説得力を持たせているのかなと。
あと、本作でもの凄く驚いたのが、
⚠️以下、ネタバレにつき閲覧注意⚠️
一般的な(と括って良いかは分かりませんが)作品だと、とてつもなく重要な展開──例えば、主要人物が危うい立場に立たされたり亡くなったりという、こってりじっくり頁を割いて語られるであろう件が、本作では本当に2~3行でさらりと片付けられることが少なくないんですね。
政治的な戦略のもと要人が罠に嵌められ捕らわれ、さてここからどんな脱出劇が──と思いきや、主人公らが別行動を起こしている間に、裏でついでに一緒に助けられてました、みたいに後日談的にあっさりと語られる。
本当に、本作にとってもっとも重要な部分にしか頁を割かない、そのストーリーテリングの潔さといったら、今まで読んできた他作品ではちょっとお目に掛かった記憶がないので、圧倒されっぱなしでした。
先般読んだ高野和明著【乱歩賞作家の創作術】でも、著者が自信作を師匠に読んでもらったところ、思ったような反応が得られず不満を抱き、思わず問い質したところ「(対決シーンの仔細を長々と書いちゃいるけど)結局(読者にとって重要なの)はどっちが勝つのかってことだろ?」と端的に指摘されたという件があったのですが、まさにそれ。
作者という人種は、己の自信ある思い付きやこだわりをどうしてもくどくど描写したがるけど、エンタメ作品として読者がそれを求めているのかどうか、というのは全く別ベクトルの話な訳で。
頭でそうと分かってはいても、自分のアイデアをばっさり削ぎ落とす思い切りの良さはそうそう持てるものではないと思う。そういう点でも、上橋氏は本当に凄いなと痛感した次第です。
ともあれ、3巻だったか、〈犬の王〉ケノイの登場で表題〈鹿の王〉の意味するところはもしや? という自分の予想もあっさりと外れ、クライマックスに向けヴァンの悲壮な決意に胸をかきむしられ涙をこらえながらも何とか迎えた結末は、まさかの「読者の想像にお任せします」EDでしたが──それでも、ヴァンがユナやサエやトマらと無事再会を果たし、静かならがに穏やかな余生を過ごせることを切に願ってやみません。
いやはや、自分の場合、世間一般に評価の高い作品は肌に合わないことの方が多いのですけど、本作は評判に違わず素晴らしい作品でした。
本作に出会えた幸運に、感謝。
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