【⭐️2】R.P.G.
【R.P.G.】宮部みゆき 作:集英社文庫 2001/8/25(個人的評価:⭐️⭐️☆☆☆)
杉並区は住宅街の一角、ブルーシートで覆われた建築中物件内で男性の他殺体が発見された。被害者は所田良介(ところだ りょうすけ)四十八歳、会社員。現場近くの自宅で妻と娘との三人暮らし。
その事件から遡ること三日、カラオケボックスのアルバイト店員・今井直子(いまい なおこ)が絞殺体で発見されていた。
二つの事件に共通する遺留品、所田と今井が不倫関係にあったとする複数の証言──
第一容疑者として捜査線上に浮上したA子は、過去、今井に彼氏を横取りされ、そのことの恨み辛みを周囲に語っていたという。捜査本部は動機の面からA子に的を絞り捜査を進めていたが、警視庁捜査一課三係デスク担当・中本房夫(なかもと ふさお)巡査部長は、その捜査方針に疑問を抱いていた。
他方、所田は自らを『お父さん』と名乗り、ネット上で知り合った〝お母さん〟〝カズミ〟〝ミノル〟なる人物らと「疑似家族」を営んでいたことが発覚。中本は、今井ではなく所田側から動機を掘るべきではないかと提案、ある計画を立ち上げるが、取り調べ実行直前に心筋梗塞による意識不明の重体に陥ってしまう。
今さら取り調べを延期することもできないこの切羽詰まった状況に、急遽、中本の代役として投入されたのは、捜一四係デスク担当・武上悦郎(たけがみ えつろう)だった──というお話。
先般読了した同作者【魔術はささやく】の解説にて、作者の登場人物描写その巧みさを絶賛するような内容が語られていたと記憶しているのですけど(図書館本で既に返却済につき今現在手許にないためうろ覚えなのですが、確か「大抵の作品は登場人物の情報が開示されたら後は興味を失うだけだが、宮部氏は人物への興味を持続させる手腕に長けている」みたいな内容だったかと)、本作もまた、登場人物の名だけが提示され、詳しい状況説明など一切無いままいきなり会話劇が繰り広げられるという、冒頭からしばらく読者置いてけぼりな展開が続く。
それは確かに、読者に「これはどういう事なのだろう?」と興味を抱かせ頁をめくる手を促しはするのだろうけど、個人的に「これは誰? ここはどこ? 一体どういう状況なの?」と状況確認がままならないまま物語を追いかけさせられるのは相当にストレスを感じるし、『出し渋る必要性のない情報をわざと後出しにする』手法も、登場人物あるいはストーリーへの興味を持続させる手腕としては明らか浅慮で、到底誉められたものではないと感じる次第(情報を出し渋らなくても魅力的な人物描写は充分可能なはず)。
この語り口も、あるいは【魔術はささやく】のストーリーテリング上の仕掛けも、自分にはどうも『計算され尽くした精緻な構成』とはいえない小手先のものに感じられ、何とも過大評価感が否めない。
また、本作を牽引する武上と石津ちか子(いしづ ちかこ)の2人は、それぞれ同作者の別作品【模倣犯】【クロスファイア】に登場しているそうで、この2作を知らずとも本作を理解するに支障なし──とはいえ、石津に関しては【クロスファイア】で描かれたらしい事件を匂わす描写が本作中に散見されるのが、未読の人間にとっては何とも気持ちの悪いところ。
未読の読者に「今度はそっちも読んでみよう!」と思わせる宣伝的な意味合いでは成功しているのでしょうが(実際、自分もいずれ【模倣犯】と【クロスファイア】も読んでみようかな、とは思いましたし)、明確なシリーズものでないのなら、それぞれの作品をきっちり切り離して描写してほしかったかなと。
──と、初っ端から辛辣な感想が続きましたけれども、武上らがどういう人物で、舞台がどこで、今いったいどういう状況なのかという情報がようやく出揃ってからは、途端に読みやすくなる本作。
取調室に呼ばれた〝ミノル〟〝カズミ〟〝お母さん〟と、立ち会いを求められた田所の娘・一美(かずみ)を含め、ほぼ取調室でのやり取りのみで進行する会話劇というのも珍しい印象ですが、退屈を感じさせず一気に読ませるストーリーテリングはお見事。
また、多分に推理的要素もあるのでしょう(し、【魔術はささやく】に比べれば遙かにフェアでもある)けれども、本作も同様に、やはり人間ドラマに比重が置かれているのかな、という印象。
概ね『家族の在り方』がテーマではあるのでしょうが、個人的にとても共感したのは「自分、自分、自分。(中略)すでに自分を持っていると自負する者が、それをまっとうするために手段を選ばず、まわりの者の心情を省みることもないのは、仕方がないことなのか」という一節。
カーステレオ或いはスマホなど大音量で音楽を垂れ流し近所迷惑などどこ吹く風と道行く人々。
向かい側から通行人が来ても道を譲ろうともせず、道幅いっぱいに広がったまま素知らぬ顔で談笑する学生たち。
スーパーの出入口やブティックの試着室前で、他の客の迷惑など考えず何十分何時間とたむろする若者たち──
挙げ句、誰かの指摘に「そんな酷いこと言われ私はもの凄く傷ついた! どうしてくれる!!」と鬼の形相で抗議しているくせに、自らが他者に同じ言葉を投げかけるに一切の憚りも躊躇いもない。
「自分は他人へ配慮する気は一切ないが、お前らは私を傷つけないよう最大限の配慮をしろ」と言わんばかりの自己中心の極み的言動に唖然とすることも少なくはない昨今。
まさに、自分、自分、自分。
思い遣りの心は一体どこへ行ったのだろうかと嘆かわしいばかりの現代日本に於いて、そんな、心の奥底に積もり積もった澱を明確に言語化し指摘されたことには胸の空く思いでした。
⚠️以下、ネタバレ注意⚠️
それにしても、タイトルの【R.P.G.】は所田ら疑似家族(のロールプレイ)を指している……のかと思いきや、二重に引っ掛けられていたとは──
ただ、それが判明した際も、「うわーやられた!」よりも「そんな演技派の警官ばかり居てたまるか!」という感想が真っ先に浮かんだというのが正直なところでして。
それなら『小規模劇団の無名役者を使った』みたいな設定の方がまだ説得力があったのでは……と一寸思うも、捜査上の機密情報を扱う計画に無関係の民間人を巻き込む訳にもいかないでしょうから、やはり身内(警官)をキャスティングするしかないのか……と考え直してもみたり。
フィクションに必要以上のリアリティを求めるのも野暮というものなのでしょうけど、それでも、佳恵・稔・律子のあの生々しい言動をして『実は本人ではなく警官の演技でしたー』では、展開のために用意された設定感があまりに強すぎて、作品への没入感を阻害しかねないような──そんな自分を無理矢理納得させるべく、「実は全員演技経験者だった」という風に思い込むしかないのだろうか……。
あと、結局めちゃ有能だったのはナカさん(中本)であって、武上も石津もそんなに事件解決に貢献してなくない……? というようなもやもや感も。「別々の作品で活躍した登場人物ら(武上と石津)の夢の共演!」のように大々的に謳っておきながら、その実、そのキャスティングが大正解だったという特別感などまったく感じさせない(誰がやっても構わなさそうな)役回りであったように感じたのは何とも。