【⭐️2】魔術はささやく(文庫版)

 【魔術はささやく(文庫版)宮部みゆき 作:新潮文庫 1993/1/25(個人的評価:⭐️⭐️☆☆☆)


 加藤文恵(かとう ふみえ)は結婚式を一週間後に控え、マンションの屋上から投身自殺した。

 三田敦子(みた あつこ)は同じ地下鉄構内にいた老人に時刻表を読み上げ別れた直後、ホームに飛び降り快速列車にはねられ即死した。

 菅野洋子(すがの ようこ)は友人らと別れた後、赤信号の交差点に飛び出しタクシーにはねられ死亡した。


 業務上過失致死の現行犯で逮捕されたタクシー運転手・浅野大造(あさの たいぞう)の甥・日下守(くさか まもる)、彼の父は十二年前に失踪、去年の暮れに母も脳血栓で若くして逝き、浅野夫婦に引き取られたばかりだった。

 事故が新聞で取り上げられるや否や、学校での守への虐めは苛烈さを増し、従姉の真紀(まき)は会社で根掘り葉掘り詰問され、自宅にはひっきりなしに誹謗中傷の電話がかかってくる──そんな中、守は一本の奇妙な電話を受けた。


「菅野洋子を殺してくれてありがとう」

「あいつは死んで当然だったんだ」


 その時はなんと質の悪いいたずらかと取り合わなかったが、後日、同じ男から警察の杜撰な捜査を指摘する電話を受け、ふと疑問を覚えた守は、自ら事故の真相を探ろうと決意するのだった──というお話。



 先般読み終えた【乱歩賞作家の創作術】にて、度々名が挙がっていた1冊。

 あらすじなど詳しいことは何も調べないまま手に取り、唯々そのタイトルから「ファンタジーもの?」と思いきや、1980年代の日本を舞台にした現代もので吃驚。

 作者は、読書歴の浅い自分でも名を知るほどに有名な方ですが、過去、自分が読んだのは【ICO -霧の城-】の上巻を少しだけ(コロナ禍以前は、小説はおろか台詞の多い漫画すら読むのを避けるほど筋金入りの活字嫌いだったので、「あの、台詞が殆どない(文字による説明が為されない)ゲームを敢えて小説にするとは是如何に?」という興味から本作を手に取るも、結局数頁の斜め読みで終了)だったので、実質初読み作家となるでしょうか。

 何せ1980年代が舞台なので、例えば、登場人物らがスマートフォン(携帯電話)を所持していないがために出先では公衆電話を使ったり、勿論を「モチ」と表現するなど、ジェネレーションギャップを感じさせる描写や言い回しもまま登場。随所で「今の若い方が読んだら、今ひとつ状況が分からないんじゃないかな」などと思ってみたり。

 そういった時代背景的なアレコレは(如何せん、30年以上前に発表された作品なので)ともかくとして、『日本推理サスペンス大賞』受賞作というからには犯人当てやトリック当て的要素があるのか──と思うのですけど、どっこい、自分の察しが悪いのか何なのか、



⚠️以下、ネタバレ注意⚠️


 一応、序盤から伏線が張ってあったと言われれば『そう』なのでしょうが、でもだからといって、あれらのヒントで「3人の女性(と橋本)を殺害した犯人が、それまで名前も顔も存在も出て来なかった(声のみの登場だった)ぽっと出の老人でした」だなんて推理を的中させられた読者、一体どれほどいたのでしょうか。


 サブリミナル広告や、被害者に真紀あるいは吉武らが口にしていた「記憶の空白」が催眠術を、高木が死に追い遣った田沢の存在が朧気に復讐者の姿を暗示させていた──とはいっても、4人の被害者が自殺したのは「実は催眠術を使って、そうなるように仕向けた殺人事件なのでした」では頭を捻って当てにいくようなトリックでも何でもないし、唐突に原沢老人の存在が提示されたところで「うわぁ黒幕はこの人だったんか!」と思える訳もなく、「いやいや爺さん誰よどこから湧いてきたねん(困惑)」と肩透かし感の方が勝ってしまった。


 これをして「意外性のある展開」と評してしまうと『何でもあり』になりかねないので、ここは自分どうやっても評価できない。


 加えて、吉武の、罪悪感が転じて日下母子に実の夫父のような愛情が芽生えるだとか、そも守が見知らぬ老人(じいちゃん)から錠前破りの技術を伝授されていた等々、至る所に物語に都合の良い/強引な設定・展開が散見され、うーん何だかなと。


 とにかく、登場人物もそれに付随するエピソードも枝葉が多すぎて、本作の本質を語るなら、もうちょっとこれらを整理してすっきりと読ませることもできたのでは……と疑問に感じるところ。


 ただ、本作を推理物としてではなく人間ドラマとして捉えれば、登場人物はそれぞれに存在感があるし、特に、守の生き方の指針となる人物(母・啓子やじいちゃん、岩本先生・高野チーフ等々)は魅力に溢れていて読み応えがあった。

 ──とはいえ、そんな風に良い人・自身を省みることのできる(己の罪に向き合える)人たちが真っ当に描写されている反面、三浦や高木のような、どうしようもない人間に対する明確な罰が描写されていなかった点には、消化不良感が否めない(特に、田沢を死に追い遣っておきながら反省する素振りすらなく詐欺を働き続けた挙げ句、「私が殺されるほどの悪い事をしたのか」と自己弁解に終始した高木の言動には本当に胸糞だったし)

 原沢にとっては、田沢を死に追いやった高木こそ4人の中でもっとも憎むべき相手だっただろうに(というか、他の殺害した3人は直接的な接点も無かったのに)守に妨害されたというだけであっさり殺害を諦めたのも腑に落ちなかったし、高木にしても、なぜ最後に守に対し「彼だけは自分を批難する資格がある」「彼(守)は自分を許してくれた」となるのか──いや、高木は別に守自身に何かやましい事した訳でも、何なら終盤までほとんど接触すら無かった訳で、高木が謝罪すべき(許しを請うべき)は守ではなく田沢自身とその遺族じゃないの? という話の噛み合わなさに、ただただ首を捻るばかり。


 巻末の解説を読むと、相当に構成が上手い作品だそうですけれども、素人目にはあまりピンと来なかったかなと。


 確かに、読者の興味を持続させる語り口やミスリード、魅力的な人物描写など随所に目を瞠るものはありましたが、だからといって、ストーリーが面白く納得感の得られる内容だったかと問われると、それはまた別の話。

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